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大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)3122号 決定

申請人

石川和伯

右代理人弁護士

橋本二三夫

(他二名)

被申請人

高木電気株式会社

右代表者代表取締役

高木義一

右代理人弁護士

奥村正道

池田俊

小村建夫

右当事者間の配置転換処分効力停正等仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

1  本件申請はいずれもこれを却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申立

一  申請人の求めた裁判

1  被申請人が申請人に対し昭和五一年四月二一日付でなした技術サービス第一課勤務を命ずる旨の命令の効力はこれを停止する。

2  被申請人は申請人に対し、昭和五一年七月二一日以降毎月二六日限り金一一万七九一一円を仮りに支払え。

二  被申請人の求めた裁判

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二、主張

(申請人の申請理由の要旨)

一  被申請人会社(以下、単に会社という)は、電話交換設備・データ通信設備等の販売・工事・保守を主たる業務とする株式会社であり、申請人は昭和四五年一〇月六日会社に雇用され、以来同会社技術部電子機器課に勤務してコンピューター機器の保守の業務に従事してきたものであって、総評全国一般大阪地連高木電気労働組合(以下、単に組合という)の組合員かつ執行委員である。

二  会社は申請人に対し、昭和五一年四月二一日付をもって技術部技術サービス第一課勤務を命ずる旨の配置転換命令(以下、本件配転命令という)を発し、さらに同年七月二〇日付をもって休職を命じ(以下本件休職処分という)、同七月二一日以降賃金の支払を停止している。

三  しかし、本件配転命令および休職処分はいずれも、次の理由により無効である。

(一) 組合はその結成の翌日である昭和四八年四月一八日会社側と団体交渉を行なったが、その結果、組合員の解雇・配転等の労働条件の変更は組合と話し合い、双方納得の上行なうこととするとの合意が成立し、その旨を記載した議事録が作成されたので、ここに右のごとき内容の労働協約が成立するにいたった。しかるに本件配転命令については、組合の同意がないことはもちろん、組合との協議もなされていないから、その点において右配転命令は無効である。

(二) 本件配転命令は、組合の組織率の最も高かった電子機器課から組合員を排除するためになされたものであって、不当労働行為にあたり、その点からも無効というべきである。

(三) さらに、本件休職処分は会社の就業規則一三条五号の「その他休職の必要があるとき」に該当するものとしてなされたものであるところ、就業規則の休職に関する諸規定からみて右条項が従業員の非行、業務命令違反等懲戒事由にあたるような事案を含まないことは明らかであるのに、本件休職処分は、申請人が本件配転命令に従わず職場の秩序を乱したことを理由としてなされたものであるから、右就業規則の適用を誤ったものとして無効というべきである。すなわち、これを実質的にみるならば、本件休職処分は、就業規則に定められた懲戒手続を潜脱しながら、しかも就業規則に定められていない種類の懲戒処分を課したものというべきであるから、本件配転命令の効力いかんにかかわらず無効である。

四  しかるところ申請人は、本件休職処分のなされた当時会社から月一一万七九一一円の平均賃金を支給されていたものであるが、会社からの賃金を唯一の生活の資として単身で自炊生活を続けてきた労働者であるところから、本件配転命令・休職処分の無効を主張して会社に対し本案訴訟を提起し、その勝訴判決の確定を待っていては、回復しがたい損害をこうむる虞れがあるので、本件仮処分申請に及んだ。

(被申請人の答弁の要旨)

一  申請理由の要旨第一、二項の事実は認める(ただし、申請人が組合の執行委員であることは知らない)。

二  同第三項の主張は争う。

(一) 会社と組合との間に申請人主張のような労働協約が成立した事実はない。もっとも、昭和四八年四月一八日付で、組合員の解雇・配転等の労働条件の変更は組合と話し合い双方納得の上行なうことにつき原則として双方諒解したとの記載のある「議事録」が作成され、会社の取締役岡井一男と組合の委員長山口一男とがこれに署名したことはあるけれども、これは、右同日組合の結成直後に、なんらの予告もなしに組合の結成通知と要求書の提出がなされた際、たまたま会社の代表取締役が不在であったため、交渉権限のない常務取締役高木隆二と取締役岡井一男とがとりあえず組合側と会談して諒承した事項を記載しただけのものであるから、これによって労働協約が成立したものということはできない。

(二) 本件配転命令は電子機器課から組合員を排除するためになされたものではなく、会社の業務上の必要に基づいてなされた合理的なものである。これを詳論すれば以下のとおりである。

昭和五一年四月二〇日にいたるまでの会社の組織構成は総務部、営業部、技術部、出先機関に分れ、そのうち技術部は工事課、技術サービス課、電子機器課の三課をもって構成され、工事課は、営業部が販売した電話交換設備、データ通信設備、公害テレメータ等の設備の備付工事を、技術サービス課は電子機器課が行なう保守を除くすべての営業品目を、電子機器課はデータ通信設備、公害テレメータ等の試験調整ならびに保守をそれぞれ主たる業務としていた。

ところで会社は、昭和三八年一二月以来日本電気株式会社(以下、NECという)との間で特約店契約を結び、主として同社の製品を販売することにより発展してきたものであるが、一方ユーザーからの要望もあって従前から、安立電気株式会社(以下、安立電気という)の下請として同社の公害監視システムの保守点検、取付調整等の業務にも従事し(電子機器課が担当)、NECもこれを黙認してきていた。ところが、NECの営業政策の転換により、NECと安立電気の競合商品である公害監視システムについて右のように黙認することはできないとの通告を受けるにいたったことから、一方NECとの特約店関係を維持継続するとともに、他方ユーザーからの要望に応えて過去の実績を維持し、かつ、電子機器と電話交換器との結合体である電子交換機の時代が目前に迫っていることに対処するため、会社の機構を改革して問題の解決を図ることとなった。かくて昭和五一年四月二〇日を期して、電子機器関係の業務を営業課、工事課、技術サービス課のすべてにおいて取り扱わせることとしたうえ従来の電子機器課を発展的に解消廃止し、さらに別会社であるタカギエレクトロニクス株式会社(以下、新会社という)を設立して同社にNEC製品以外のものを取り扱わせることとなった。

以上のような機構改革がなされるにいたったことから、従来電子機器課に所属していた従業員を配転もしくは出向させる必要が生じてきたが、申請人については、同五一年一月二三日から、会社が大阪丸ビルに備付工事を施行中のNEC製パークシステム(コンピューターと電話交換設備を連結した設備)の調整保守の仕事に従事していたため、機構改革後は右システムの保守の仕事が技術サービス課の担当となることを考慮して、前記のとおり同年四月二一日付をもって申請人に対し同一技術部内の技術サービス課勤務を命ずる旨の配転命令を発したものである。

(三) ところが申請人は、その後再三にわたり会社から口頭もしくは文書で本件配転命令に応じて就労するよう命じられたにかかわらず、すでに存在しなくなった電子機器課の仕事でなければ従事しないとして、毎日出社しながら頑として会社側の説得に応じようとせず、このため職場の秩序も乱れ、同僚からの不平不満の声も聞かれるようになった。一方申請人は、本件配転命令は不当労働行為に当るとして大阪地方労働委員会に救済申立をしたが、その審理に際し担当公益委員から二度にわたって会社に対し、右救済申立事件の終結にいたるまで配転拒否を理由に申請人に対し懲戒処分をしないようにとの強い勧告があった。

このような事情から会社としては、就業規則一三条五号所定の「その他休職の必要がある」ときに該当するものと判断し、これに則って右救済申立事件の終結まで申請人に休職を命じたものであるから、これが申請人主張のような理由で無効になるいわれはない。

三  会社が同五一年七月二一日以降申請人に賃金を支払っていないことは認めるが、それ以前三月分の申請人の賃金の一カ月平均額は一一万五三三七円であって、一一万七九一一円ではない。しかして、本件休職処分が右のとおり有効である以上、就業規則一四条によりその期間中無給となるから賃金が支払われないのは当然であるが、かりにそれが無効であるとしても、申請人は債務の本旨に従った労務の提供を予め拒否しているのであるから、会社は賃金支払義務を負うものではない。

第三、当裁判所の判断

一  疎明資料によれば、申請理由の要旨第一、二項の事実が認められるところ、申請人は、本件配転命令は組合と会社との間で締約された労働協約上の人事同意約款に違背して無効であると主張するので、まずこの点について考えるに、疎明資料によれば次のような事実が認められる。

(一)  昭和四八年四月一八日付で会社の岡井一男取締役と組合の山口一男委員長が連署した「議事録」と題する書面が作成され、それに「要求書第一項、第二項については原則として双方諒解した」との記録がなされているが、右要求書とは同日付で組合から会社宛に提出されたもので、その第二項は「組合員の解雇・配転等の労働条件の変更は組合と話し合い、双方納得の上行なう」というものであった。

(二)  ところで、会社にはかねてより労働組合がなかったところ、昭和四七年四月一七日従業員約八〇名のうち三一名を組織して組合が結成されたので、翌四月一八日組合の山口委員長や執行委員らが組合の結成通告をしてただちに会社側と交渉に入るため、「労働組合結成通告書」と前記要求書とをもって会社の社長室に赴いたが、たまたま代表取締役高木義一が不在であったため(通告は予告なしに行なわれた)、取りあえず常務取締役高木隆二(代表権なし)と取締役企画室長岡井一男(代表権なし)の二名が面会し、結成通告書と要求書とを受領して各要求項目について協議することになった。

(三)  その結果、要求書第一項(「組合活動の自由を認め、組合活動をしたことによって差別しないこと」)および前記第二項については原則として諒解するが、その他の項目については労使双方協議を重ねて決定していくことで右両名と組合側との間で意見の一致をみたので、そのことを明らかにしておく趣旨でその場で前記「議事録」が作成されることとなった。ただ、前記高木隆二および岡井一男の両名はいずれも当時会社を代表する権限を有しておらず、また組合の結成通告が突然であったことから、予め代表取締役から組合と団体交渉して労働協約を締結することを明示的もしくは黙示的に委任されてその権限を授与されていたような事実もなかった。

(四)  そのため会社側では、前記各要求項目について改めて正式に協議検討し、同年四月二六日付で代表取締役高木義一名義で組合宛に回答書を交付したが、これには「要求書第二項について」として、「組合員の解雇と住居の変更を伴う配転については組合と協議する」との記載がなされていた。なお、申請人に対する本件配転は住居の変更を伴わない配転である。

以上のような事実関係からすれば、右「議事録」は結局、労働協約締結権限のない会社側役員との間の諒解事項を記載したものにすぎないというよりほかはなく、これによって申請人主張のような内容の労働協約が会社との間で有効に成立したものとみることはできないから、本件配転につき組合の同意もしくは組合との協議がなかったからといって、それが労働協約に違背して無効であるとすることはできない。

二  しかるところ被申請人は、本件配転命令は業務上の必要に基づく合理的なものであると主張するので、次にこの点について検討するに、疎明資料によれば次のような事実が認められる。

(一)  会社では昭和三八年一二月頃からNECとの間で販売特約店契約を結び、同社の協力および指導の下にNEC製電話交換機を主として販売し、その下請工事を施工することにより業績を伸ばしてきたものであるが、他方データ通信部門にも進出をはかるようになり、NECの黙認の下に安立電気の公害テレメータの設置工事や保守の業務も取り扱っていた。

(二)  ところが、いわゆる石油ショック以来の官需の不振から、NECでは昭和五一年度よりデータ通信関係の機器の販売にも力を注ぐこととなり、同年一月会社に対しても、競合関係にある他社のデータ通信関係機器の販売、工事等を差し控えてNEC製品の販売等に専念するようにとの強い要望が出されるにいたったので、会社においてもこれを無視することができなくなったが、さりとて、安立電気の公害テレメータその他将来性のあるデータ通信関係の業務を中止することは得策でないと判断されたことから、検討の結果、新会社を設立してこれにNEC製品以外の製品を取り扱わせるとともに、会社の機構を改革してNECの電話交換機のみならず同社のデータ通信関係機器をも幅広く取り扱うようにすることでこの事態に対処することとなった。

(三)  かくて同五一年四月二〇日新会社が発足することとなったが、同日までの会社の組織は、総務部、営業部、技術部および出先機関に分れ、技術部はさらに工事課、技術サービス課、電子機器課に分れており、工事課は主として電話交換機の設置工事を、技術サービス課は主として設置した電話交換機の修理、保守の業務を、電子機器課は主として安立電気の公害テレメータの修理、保守の業務をそれぞれ担当していたので、新会社設立の趣旨に副って従来電子機器課で担当していた安立電気の公害テレメータの保守の業務は全部新会社の担当業務とするとともに、電子機器課は廃止し、かつ、技術部の他の二課を技術課(旧工事課)、第一技術サービス課、第二技術サービス課の三課としてこれを拡充し、電話交換機のみならずNEC製のデータ通信関係機器をも取り扱わせることとなった。

以上認定の事実関係からすれば、会社が電子機器課を廃止して同課に所属していた従業員を他の部署へ配転し、もしくは出向させることとなったのは業務上の必要に基づくものであったことが明らかであり、それが不当であることを窺わせるような事情は全く見当らない。もっとも、そのことから直ちに、本件配転命令が合理的なものであったと結論することはできないけれども、疎明資料によれば、右電子機器課の廃止に伴い同課に所属していた申請人を第一技術サービス課に配転することとなった経緯として、次のごとき事情が認められるのである。

(一)  申請人は昭和四一年三月工業高校電気科を卒業と同時に古野電気株式会社に入社し、船舶用レーダーの調整、検査の業務に従事したのちこれを退社し、前記のとおり同四五年一〇月会社に入社したものであるが、右のような職歴から電子機器関係の仕事を希望していたので、当初から技術部電子機器課に配属され、以来主として安立電気の起重機遠隔操作用テレコン、次いで公害テレメータの巡回保守の仕事に従事してきた(ただし、それ以外の仕事には従事させないとの特約があったわけではない)。

(二)  ところで会社は、かねてより大阪駅前に建築中の大阪丸ビルに設置されるNEC製の電話交換機、コンピューター、パークシステム(ミニコンピューターをキーラック、メッセージ表示ランプ、ハウスキーパー、階別ルームインジケーターおよび電話交換機と結合したホテルシステム機器)等の設置工事をNECと共同で受注し、これを継続してきたところ、同五一年四月の開業を控えて同年一月頃から右各装置の調整作業に入ったが、たまたま当時、申請人の従事していた仕事の元請先である安立電気から、申請人が仕事を怠けるとの理由で同社の仕事に携らないように配慮して貰いたいとの申出があったり、かたがた将来申請人に電話交換機関係の仕事にも従事させてその技術知識を生かしたいと考えられたりしたことから、同月二三日以降申請人を丸ビルの工事現場に派遣し、前記パークシステムの調整の作業に従事させることとなった。このようにして申請人は、本件配転命令までのほぼ三カ月の間、引き続き大阪丸ビルの作業現場に赴いて主としてパークシステムの調整の作業に従事するとともに、電話交換機の構造、操作等についても経験者である上司から教示、指導を受けてきたが、同年四月一六日に丸ビルが開業したのちも、同ビルと会社との契約によりパークシステムと電話交換機との保守の業務は会社において請負うこととなり、その業務は会社の業務分掌上、第一技術サービス課の担当となっていた。

(三)  そのようなところから、電子機器課の廃止に伴い、従前申請人の担当していた安立電気の公害テレメータの保守の仕事がそのまま新会社に移管されたものの、申請人には丸ビルでの右各機器の保守の仕事を継続して行わせるため、これを第一技術サービス課へ配転することとなったものであるが、ただ、電話交換機の保守の業務については、申請人に知識経験が乏しいため、二、三カ月間その点の知識経験の深い道和工事課員を丸ビルに派遣して申請人に付き切りで教育するよう配慮することが予定されていた。

しかして、右認定のような事情からするならば、会社が電子機器課の廃止に伴って申請人を第一技術サービス課に配転したことをもって特に合理性を欠くものと認めることはできず、また、職種に関する労働契約の内容に反するものとみることもできないといわざるをえない。

三  ところで申請人は、本件配転命令は不当労働行為であって無効であると主張するので、さらにこの点について検討するに、疎明資料によれば次のような事実が認められる。

(一)  組合は前記のとおり昭和四八年四月一七日に約八〇名の従業員中三一名を組織して(その直後約五〇名となる)結成されたが、その後同年一二月、分裂によって新組合が結成されたことにより、本件配転当時には組合員は一七名に減り、営業課に二名、工事課に二名、技術サービス課に九名、電子機器課に四名がそれぞれ配属されていた。

(二)  ところで新会社は、前認定のような事情で設立された会社であるところから、会社とは密接な関係にあり、その株式の大部分は会社およびその役員で保有し、代表者および役員もほぼ共通で、その事務所は会社の事務所の一部を仕切った場所にあり、かつ、その業務の内容も、従前電子機器課で担当していたものをほぼそのまま移管したものであったが、電子機器課の廃止に際して同課に所属していた従業員一〇名のうち、新会社の従業員とされたのは管理職一名(課長)、新会社要員として採用された新入社員三名および非組合員一名のみであって、申請人を含む組合員四名はすべて新会社へ移すことなく他課へ配転された(組合に属しない他の一名は営業課へ配転)。

以上の事実によれば、電子機器課を廃止して新会社を設立するにあたり、会社が、電子機器課に所属する従業員のうち、申請人を含む組合員についてはこれを新会社へ出向もしくは転籍させないとの方針を取っていたことが窺われないではないけれども、それだからといって、出向、転籍をしないで本件配転をしたことが、組合員であること、もしくは、組合活動をしたことを理由とする不利益な取り扱いをしたことになるものとは認めがたく(電話交換機の販売、設置、保守を主たる事業内容とする会社の従業員であり、労働契約上職種が特定されていたわけでもない申請人に対し、従来担当していた電子機器の保守の仕事に代えて電話交換機等の保守の仕事を担当させるようになったからといって、それが不利益取扱に当たるものと解することはできない)、また、電子機器課の廃止と新会社の設立自体が前認定のような業務上の必要に基づくものである以上、本件配転命令が電子機器課から活動的な組合員を排除するためになされたものであると認めることもできないから、右配転命令が不当労働行為に当るということはできず、申請人の前記主張は採用するに由ないといわざるをえない。

四  そこで次に、本件休職処分の効力について考えるに疎明資料によれば、会社の就業規則一三条は、次の各号の一に該当する場合には休職を命ずると定め、業務外の傷病による欠勤が引続き三カ月以上に及んだとき(一号)などのほか、「その他休職の必要があると認めたとき」(五号)も休職事由として挙げていること、本件休職処分は右五号に該当する場合であるとしてなされたものであることが認められるところ、一般に休職処分は、労働者を職務に従事させることが不能であるか、もしくは適当でない場合に、従業員たる身分を保有しながら職務に従事しない地位におく処分であって、従業員の非行、企業秩序違反行為に対する制裁たる懲戒処分とは異なるものであり、会社の就業規則一三条が前記業務外の傷病による長期欠勤の場合のほか、会社の命により会社外の業務に従う場合(二号)、公の職務に就き業務に支障ある場合(三号)、自己の都合により引続き一カ月を越えて欠勤したとき(四号)を休職事由として列挙しているのも、休職処分が右のような性質を有する処分であることを当然の前提としているからにほかならないとみることができるから、同条五号所定の「その他休職の必要があると認めたとき」というのも、前各号所定の事由に類似の事情により従業員を職務に従事させることが不能もしくは不適当であるため、従業員の身分を保有しながら職務に従事しない地位におくことが客観的にみて相当と判断される場合を指すものと解すべきであり、従業員に企業秩序違反行為等の懲戒事由があるにかかわらず、なんらかの事実上の障害があるためこれを懲戒処分に付することが不可能もしくは困難であるというような場合は、これに該当しないといわなければならない。

しかるところ、被申請人の主張によれば、会社が就業規則一三条五号を適用したのは、(1)本件配転命令後、再三にわたり会社から申請人に対し、同命令に従って就労するよう説得し、命令したのにかかわらず、申請人がすでになくなった電子機器課の仕事でなければしないとか、まず本件配転問題について組合と協議せよとかいって、全くこれに応じようとせず、毎日出社しながら労務の提供を拒否し続けたこと、(2)申請人に説得による翻意の可能性が認められなかったこと、(3)組合から大阪地方労働委員会に対し、本件配転が不当労働行為に当るとして救済申立がなされているが、その審理に際し、担当公益委員から右救済串立事件の終結にいたるまで配転拒否を理由に申請人に対し懲戒処分をしないようにとの強い勧告があったこと、(4)申請人の行為は不当な労務提供拒否であって職場の秩序を乱すものであり、他の従業員の間からも、月給泥棒だとか、働きもしない者に給料を払うために自分達が働くのは馬鹿らしいとかの非難や不平の声が出てきたため、会社としてもこれ以上申請人に給料を払えないことなどの事情があり、これらの事情を総合すれば前記五号の場合に該当するとみるのが相当であるというのであり、かつ、疎明資料によれば右(1)ないし(4)のごとき事情を一応認めることができる。しかしながら、右のような事実関係からすれば、本件休職処分は要するに、申請人に懲戒事由たる企業秩序違反行為(就業規則七四条四号の「業務命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき」に該当)があるのにかかわらず、労働委員会の勧告があるため事実上(法律上は懲戒処分ができないわけではない)、申請人を懲戒処分に付しにくい状況にあるところから、申請人に対する給料の支払を停止する目的でなされたものであるといわざるをえず、このような場合は、前説示のとおり就業規則一三条五号の「その他休職の必要があると認めたとき」には該当しないといわなければならないから、右処分は結局、就業規則上該当すべき休職事由がないのにこれありとしてなされたものというべきであり、その点において無効のものというよりほかはない。

五  ところで被申請人は、本件休職処分が無効であるとしても、申請人は債務の本旨に従った労務の提供を予め拒否しているのであるから、会社には賃金の支払義務はないと主張しているので、さらにこの点について検討することとする。

一般に雇用契約は双務契約であり、労働者の労務の給付と使用者の賃金支払とは対価的な牽連関係に立つものであるから、労働者の責に帰すべき事由によって労務の給付がなされないときは、労働者はその対価である賃金を請求することができないというべきところ、本件配転命令が有効になされたものであることは前説示のとおりであり、かつこれが無効であると信ずべき相当な事由が存在したと認められないのにかかわらず、申請人が会社側の説得、命令を無視して、既に存在しない電子機器課の仕事でなければしないとか、まず本件配転問題について組合と協議せよとかいって労務の提供を拒否し続けていることは右認定のとおりであるから、申請人としては、自己の責に帰すべき事田によって労務を給付しないものというべきであり、したがって、本件配転命令に従って労務の提供をしないかぎり、会社に対し賃金を請求することはできないといわなければならず、本件休職処分が前記のとおり無効であるからといって、その理を異にするものではない。

六  以上の次第で、本件仮処分申請についてはいずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、かつ、保証を立てさせてこれに代えることも相当でないから、右申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 藤原弘道)

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